株式会社 秀電社

小さな笑顔の積み重ね – 島の暮らしと秀電社 – 2018年6月8日 金曜日

みなさん、こんにちは。
福岡の電気工事を支え続けて50年。
秀電社の「今」が分かる【SHUDEN,ON TIME】のお時間がやってまいりました。

 

今回は「島で暮らす人々の生活に役立てられている秀電社の技術力」というテーマで、島の排水処理や海水淡水化施設、秀電社が選ばれる理由などのお話をさせていただきます。

 

福岡の北西約40キロの玄界灘に、「小呂島(おろのしま)」という人口約200人、面積約0.5平方キロの島があり、小呂島へは姪浜の渡船場から定期船に乗ると約1時間で行くことができます。

漁業が盛んで、島の電力は内燃力発電所、水は陸水(雨水等)淡水化施設、
海水淡水化施設(福岡市水道局HP)により供給され、排水処理の施設も整っている小さな島です。

小呂島は南側にある集落内の道と集落と島の中央部にある小中学校を結ぶ道路以外に主な道路は無く、周回道路も無い為、端にある作業現場へも移動は全て徒歩で。


斜面に集落があり、移動の際の高低差は続けて歩くと息がきれるほど。

その小呂島で私達秀電社は排水処理施設内の工事や
陸水、排水のマンホールポンプ、制御盤の設置、

貴重な水資源となる「海水淡水化施設」の点検など
人々の生活に関わりのある様々な工事に携わっています。

 

 

■島の排水処理に必要な「マンホールポンプ」

こちらは港のすぐそばにある排水処理施設。

排水処理施設内の機械設置やマンホールポンプの設置を引き受けており、
「マンホールポンプ」は以前久山町の記事でご紹介したように下水道を稼動させるもので、
街から下水の臭いが消えたり、大雨による浸水被害などを減らしたり、
その地域に住む人達の健康で文化的な生活や自然環境を守るためにとても重要なもの。


小呂島にはマンホールポンプと制御盤を3ヶ所設置。

制御盤の裏側にあるこの白のネジ留め部には、
触れた人がケガをしないように、カバーを付けます。

機械のトラブル時などは、すぐに島へ向かい対応します。

 

■人々の生活に重要な「水」を作り出す雨水・海水淡水化施設

小呂島の水道水は、秀電社も設置に携わった「陸水や雨水を浄化して水道水に変える施設」が主で使われ、平成初期に最初の「海水淡水化施設」が造られて徐々に水道水の安定供給ができるようになりましたが、平成16年には、既存施設の老朽化等に伴い新たに海水淡水化施設が更新されました。

※ちなみに最初に設置された海水淡水化施設は、
今から約30年前の「アジア太平洋博覧会(よかトピア)」に出品されたもの。

その現在の島の水事情を支える海水淡水化施設で一年に一度、三日がかりで行われる
電気系や計器類の点検も私達秀電社がしっかりと引き受けています。

 

■秀電社が選ばれる理由

でも実はこの小呂島での業務は、どの会社でも引き受けられる仕事ではありません。

何故なら玄界灘に位置する小呂島は、船が高波や強風、天気による影響で欠航する確率が高く、工事士や関連各社のスケジュール調整、大きな資材等がある場合は台船と呼ばれる運搬用の別船のチャーター、島内の宿の確保、材料の適量な手配などの問題に加え、確実に工期内に収める「技術力」が必要とされるからです。

 

長年秀電社で小呂島の業務を担う工事部の森は「条件的に厳しい事も多く、
これらを全てクリアできる運も実力も必要な、とてもハードルが高い現場ですが、チャレンジしがいはあります。

3日間船が出ずに帰れなかった経験もありますが(笑)、
頑張っていると島民の方々から会社や名前を覚えてもらえたり、親切にしてもらえたりしたことはとても嬉しかったですし、また頑張ろうと思えますね」と優しく語る。

 

また、この島で暮らしている方に話を聞いた所、

昔から水は貴重なものだったため家庭に「お風呂」がない家も多く、
多くの島民の方々は、以前は共同浴場等でお風呂に入られていたとのことで、

平成に入り下水道の整備、陸水施設や海水淡水化施設が設置されて、
ようやくお風呂や水洗トイレを各家庭で使用できるようになったそうです。

「昔は大変だったけど、お陰で今は充実した生活ができるようになったのよ」と
笑顔で話をして下さいました。

 

 

私達秀電社の仕事や大きな技術力は

この小さな笑顔の積み重ねで出来ていて。

 

小呂島の人々の生活や

この豊かな自然環境を守るためにも

私達は日々の努力を続けます。

 

 

大きな仕事も、身近な仕事も、チャレンジできる環境が秀電社にはあります。

この仕事をしたいと思われたら、是非こちらも続けて読んでみてください。

 

 

■小呂島

歴史も古く、その名は鎌倉時代の文献に記されており、
中世は海上交通の要所とされて幾度のもの戦火を潜って、
糸島郡から1961年に福岡市(西区)に編入される。
船のスケジュール上、日帰りでの訪島は曜日指定で滞在時間は3時間。
宿泊施設は無いが、釣り人に人気のある島。

 

 

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