株式会社 秀電社

『蘇る島の記憶』離島の生活を支えてきた電気工事 ~事前調査編~ 2019年3月20日 水曜日

 

■島に眠っていた事実?!秀電社とご縁があった玄界島。


※写真左から、玄界処理場管理者、秀電社冨永、福岡市担当者の方々。

 

事前調査の対象箇所を回り最後に「玄界排水処理場」へ市役所の担当の方々と一緒にご挨拶に伺うと、玄界島在住の処理場管理者の方から、

 

「あら!秀電社の人ね。よう帰ってきんしゃったねー!!」

 

と開口一番に。冨永も市役所の担当者の方々も一瞬、何を言われたのかが分からず顔を見合わせた。

 

「もう30年近く前になるかねぇ。昔この島の『し尿処理施設工事』の時、秀電社がしっかりと工事ばしてくれてから。それでその時はよく面倒ばみてくれたもん・・・ずっと待っとったばい!」

 

とまるで巣立った子が戻ってきた時の親のような、温かい笑顔で迎えて下さいました。

 

 

30年程前は、もちろん冨永も入社する以前の話。

 

ですが、秀電社の歴代の技術士達が培い、創業時から地道に紡いできた「SHUDENISM」とでもいうべき

 

「陰ながら人々の生活を支える仕事を、その街の誰かの為にし続ける技術と精神」

 

それが玄界灘にポツンと浮かぶ小さな島の、そこで暮らす人々の役に立ち続けていました。

 

 

 

 

■復興を遂げた玄界島

今から14年前の2005年3月20日午前10時53分、福岡では忘れられない記憶となった「福岡県西方沖地震」。福岡県北西沖の玄界灘でマグニチュード7.0、最大震度6弱の地震が発生し、震源近くの「玄界島」は住宅の半数が全壊する被害が起こりました。

それでもその後多くの人達の努力や協力の末、現在では綺麗な家屋が立ち並ぶ美しい景観となるまで復興も進み、島で生活する人達に加え、以前のように釣り人達からの人気もまた戻り始めています。



博多から船で30分の島に、いつか遊びに行かれたときは、この配電盤を探してみてください。

 

 

 

 

SHUDEN,ON TIME

 

 

 

それでは、また。

 

 

 

 


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